移住調査(10)
高知旅行最終日、帰る飛行機の時間まで呑んでいたオレたちの所にレイコさんが来てくれて、ヨメさんは感動して泣き出してしまった。



レイコさんは10年以上付き合いがあるお婆ちゃんで、オレたちが高知を好きになったキッカケ、『高知で暮らす人たちの温かさ』を教えてくれた1人だ。
当時まだ何も知らないオレたちのテーブルに、注文してない『味付けキュウリ』が届けられ、店員さんに「注文してません」と断ると、「あちらのテーブルのお客さんからです」と言われた先で、レイコさんが得意げに手を上げていた事が最初だった(笑)。
それから一緒に呑む様になり、オレたちがバイクで四国一周している事を知ると、ヨメさんに「ちゃんと掴まってないと危ないからね!」と言い、神社で交通安全のお守りを買ってきて、泊まっているホテルのフロントまで届けてくれた。

お守りは今でも持ち歩いているぐらいだが、それから透析を患ってお酒の量も減り、コロナのタイミングで連絡も途絶えて会えなくなってしまった。
今回高知に来て、飲み屋の社長に「しばらくレイコさんの顔を見てないけど元気なの?」と、何気なく尋ねた所、9月に亡くなったと言われて言葉を失ない、ヨメさんはその場で泣き出してしまって、他の店員さんたちが心配して席まで来たほどだった。
結局は誤報だったのだが、実際に過去にはヨメさんを可愛がって、着物をくれたりしたお婆ちゃんが亡くなった事もあり、オレたちは疑わずにショックを受けて、「今日はレイコさんの思い出ばなしで呑もう」とヨメさんに話すと、レイコさんが好きだった『ゆずサワー』を1杯だけ注文して、3人で呑んだ。

しかしホテルに帰った夜、別の仲の良いお婆ちゃんであるスミちゃんから、「レイコさんは生きてるし、元気だ」と電話がきた。
さっきまでレイコさんを偲(しの)んで呑んでたオレたちには信じられなかったのだが、その後に話を聞いたレイコさん本人から電話があり、病院に入院はしてるけど元気だし生きてると言われ、オレたちが高知に来ている事を知ったレイコさんが、病院に外出許可をもらって出てきてくれたのだ。

ヨメさんはショックで泣いたものの、今回は嬉し泣きで、量こそ飲めないが、レイコさんも付き合ってくれて皆んなで乾杯した。



オレたちは飛行機の時間、レイコさんは外出許可の時間ギリギリまで一緒に過ごし、最後はタクシーで病院まで送った。


その足でオレたちは空港へと向かい、2泊3日の高知旅行を後にした。










今回は香川への移住を見据えた調査目的だったが、ロクの病気で治療したりとドタバタだった(汗)。

無事に行って来れて良かったし、気に入った物件も見つかり、高知にも行けて色んな人に会った、短いながらも凝縮・充実した旅だった(笑)。


