多分観た事があるヒトもいるかも知れないTV番組で、投資家の70歳過ぎのお爺ちゃんが、株主として貰える株主優待券だけで生活している番組を観た

未婚で独り者だが数億円の資産があり、どんどん送られてくる株主優待を使い切る為にレストランで無料で食事をとり、ブランド店で無料で服を買って生活している

分刻みとまではいかないが、期限が終わると紙切れになってしまう株主優待券を使い切ろうと、都内を慌ただしく転々と移動して毎日過ごしているのだが、お金持ちとは到底思えない、まったく羨ましさを感じない生活ぶりを見ていて、その理由に気がついた

この人は『損をしたくない人』で、生活の基準を『損』か『得』かでしか測れずに生きて来たから、使い切れないほどのお金を持っているのに、人生を共に過ごすパートナーすら見つけられず、誰よりもいっぱいいっぱいで毎日を過ごしているのである

昔、知り合いで葬儀会社の息子さんがいて、両親が亡くなった機会に会社を売って、結構な資産を手に入れたのだが、全く仕事はしない身分になったのにも関わらず、いつもノートパソコンを持ち歩いて株価を調べ、当時サラリーマンだったオレよりも忙しそうで驚いた

スポンサーリンク

それでいながら超がつくケチで、どこの店に入っても徹底してキッチリしたワリカン。面倒くさいから「オレが払いますよ」と言ったぐらいなのだが、駅前に新しいマンションが建てば、真っ先に最上階の部屋を買う様な人だった(もちろん使わずに投資として活かす為:汗)

その人と同じで、『損』か『得』かでしか測れなくなった人生の果てには、何があって、何が残るのか。2人とも解ってない様に思う

イジり倒したハーレーに乗るオレは、ハタから見れば金持ちに見えるのかも知れないが、以前ブログに書いた様に、オレはハーレーなんて貧乏人の乗り物だと思っているぐらい、『無理して買ってでも乗りたい連中の集まり』だと思っている

オレは自宅も賃貸だし、貯金も殆んど使い果たしてしまったが、自分なりに「オレは幸せモンだ」と断言できるのだから、ある意味オメデタイ、やばいヤツなのかも知れない

だが、明らかに豊かな人生を送れていると自覚しているし、ヨメさんを含めた、『人』と関わりながら、喜怒哀楽を共にして生きている

失敗すれば「マジかぁ」なだけだし、歩きながら酒を呑んで「美味ッ♡」と喜べるのは、共有できる相手と似た価値観で楽しめているからだ

これは全部に繋がっていて、バイクも同じ。みんなで走りに行っても同じだし、どこかのイベントで1年ぶりに再会して喜ぶのも同じで、金持ちっぽい人はいないが、みんな楽しそうで、幸せそうな人ばかりである

お金はヒトが作ったモノでしかなく、それに振り回される生活自体が間違っているし、昔から言う「お金が全てじゃない」は、そこにあるのだ

物差しに近づいて目盛りを細かく見て、寸分違いで損か得かばかりを気にしていたら、周りは見えなくなってしまう

昔の人が言った『お金は生きていける分だけあれば充分』という名言は、きっと確かなのだ

『人』として、オレもそう在りたいと思うのであった

スポンサーリンク