いつか書きたいと思っていたが、まさか自分が脱サラするなんて思わなかったわけで、『一生サラリーマンとして働いて死ぬんだ』と思っていたオレは、もう一つの人生を与えられたようなものだった

そして、辞めたからこそ解ったこと、苦労していることは、今サラリーマンの人にきっと役に立つと思うし、以前触れたAI の普及じゃないが、これから他人事ではない時代の大きな変化が来て、それに巻き込まれると個人的には思っている

その時に自分が迷わないように準備している事や、失敗談なんかに触れようと思うので、リアルな脱サラ人間の体験談のひとつとして、参考にしていただければと思う

オレは18歳で某印刷会社に入社した。多分言えば誰でも知っているような業界ではかなり大手の会社だが、就職時期がバブル全盛期だったので大した試験もなく運良く入れただけで、就職活動なんてしなかったし、『企画・デザイン』という触れ込みに引かれて選んだこの会社しか受けなかったぐらいだった

当時はそこまで考えていたわけではなかったが、印刷業会は「不況知らず」と言われ、何かが売れない→広告を出す→印刷するという流れは、ある意味無敵の業種でもあったが、そんな夢のような話が長く続くわけもなく、バブル崩壊後に他の企業よりも少し遅れて、不況の道を歩む事になる

SNSの普及で、情報が紙の媒体からデータへと変わり、雑誌や本が売れなくなった。その流れで書店が減り、ますます印刷物そのものが減っていく。その影響で会社では残業が減った。オレの会社は残業が多くて残業代で稼ぐ会社と言っても過言ではないぐらいで、若い頃は週に日曜を除いて1日しか家に帰れず、会社に泊まりっぱなしで仕事をしていたなんて時期もあったし、会社には横田基地で買った寝袋を置いていたぐらいだったので、残業代が基本給を上回るなんて事も珍しくなかった

残業時間に制限が設けられ厳しく管理されるようになった事は、自分の時間が増えるので嬉しい事でもあったが、その分収入はどんどん減っていくようになり、独りモンのオレは別にしても家のローンや子供の学費を抱えている先輩たちは、かなり大変そうだった

次に、外に仕事を出していた外注分を回収して自社で消化していくぐらいまで仕事が減り、取引があったいわゆる小さい『町印刷』の会社の仕事がなくなり、ボコボコ潰れた

印刷物が売れないという事は、印刷を依頼してくる得意先にあたる出版社も厳しいわけで、単価も下がっていく。『いくら仕事をしても儲からない』という負のスパイラルに陥って、出口が見えない状況がずっと続いていた

ただ、大手なので業績を伸ばしている部門もあって、タバコやお菓子の入った箱も紙であり、印刷物である。タバコやお菓子なんて空になれば捨てられ新しく印刷する、逆に言えば無限に続く印刷物のようなものだ。また、建物の内装に使われる壁紙も実は印刷物で、こういった部門が業績を伸ばしているおかげで、オレたちの給料は賄えていた

業績が伸びている部門に人を増やし、伸びていない部門は必要最低限の人数で賄う、これは企業なら必然で、数十人・数百人単位で人が出されていったが、事実上リストラみたいなもので、似たジャンルといえど全くの畑違いの業種へ割り振られた所で満足に仕事ができるわけもなく、移動していった人からは、雑用係としてのクレーム対応や、得意先へ謝りに行く時に同行する頭数的な役割をしているといった話なんかも聞いた

会社からは残業をしないで帰れと言われ、給料は上がらず生活は厳しい。かつての知った顔がどんどん外に出されていく環境なんかにいると、周りの連中たちも死んだ目をした人ばかりで、オレはハーレーに乗ったり楽しみを見つけてプライベートが充実しているタイプだったが、1円パチンコで時間を潰して帰るなんて人も珍しくなかった

仕事をしたってしなくたって、時間になったら『帰れ』と言われるのだ。どう見たってやる気なんてないような、まさに死んだ目をしてダラダラ毎日会社に来ている人たちを見て「(このままじゃマズイな…)」と本気で思うようになり、次はいつ自分が他所に飛ばされるか解らないこの会社で(日本中にある会社なので)、受け身でいる事を続けるよりも、自分の先の事を真剣に考えようと思った

幸い同じ会社に勤めるヨメさんは理解してくれ、ヨメさん自身今の仕事を気に入っているという理由もあって、ヨメさんだけが働き続けるスタンスでまとまり、オレが先に外れて何か道筋を立てて、何かあっても夫婦二人で生活はできるようにという目標で、オレは26年間働いた会社を辞める事になったのだ

(つづく)