*********************

夕方、愛媛県松山の市街地で帰宅ラッシュにカチ合ってしまい、ガソリンスタンドに逃げ込んでオーバーヒート寸前だったバイクを休ませていた

他の車が入ってきた時に邪魔にならないようにと、隅の壁際まで押していると、スタンドのピットに置かれた業務用の巨大な扇風機が目に入った

動いてないので使ってないなら扇風機を貸してもらえないだろうか? 事情を聞いた店員が「どうぞ、どうぞ!」と二人がかりで運んできてくれ、業務用の扇風機をバイクの真横に運び、風力最大の設定で風を送り続ける

「よかった…これでなんとかなるかも知れない……」

 

次は自分の番で、オレ自身も暑さでフラフラだった

レジやトイレがある店内に入り、冷房を浴びながら水分補給を済ませる

助かった……

ガラス越しの店内からバイクを見ると、さっきの店員たちはまだオレのバイクを取り囲んで盛り上がっていた

 

明るいうちに今治まで行けるだろうか……そう思って地図を取り出し、先のルートを確認する

オレの信用を裏切った古い地図は二軍落ちし、もう一冊の手帳サイズのツーリング用の地図を広げた

ツーリング用の地図はさすがバイクに特化した目線で作られており、なるほど確かにこの松山も『渋滞注意』と書かれている

ただ、今いる場所が一番渋滞しやすい場所でもあるらしく、ここを抜ければ車の流れも戻るようだ

さらに、ここから先の今治までは夕日が綺麗なので海岸線を走るコースがオススメらしい

 

何ということだ…できれば観たい

……でも、間に合うのか?

まさに今、夕方なのではあるが、熱を持ったバイクのエンジンを冷ましている最中でもある

さすがにちょっと厳しいか…そう思ったがダメ元でこの先は海岸線のコースを走る事に決めた

 

20分も休むと、オレはだいぶ復活した

バイクはどうだろうか……とりあえずもう一踏ん張り、今治までもって欲しい……

そう願いながら、休憩している間に風を最大の設定で送り続けた業務用の巨大扇風機を片づけた

恐る恐る素手でエンジンを触ってみると、さっきまでの熱は嘘のように、ヒンヤリとした鉄の感触が伝わってくる

やった… これはひょっとして……

『……ヴァルルンン!!』

キック一発でエンジンがかかり、長くゼロまで下がったままだった油圧も完全に復活していた

 

さすが扇風機! 業務用スゲー!!

これなら行ける! まだ間に合うかも知れない……

 

オレもバイクも復活し、店員に何度もお礼を言うと、わずかな希望を持って先を目指した

松山市街から少し離れると車線も増えた大きな道路に変わり、車の流れもだいぶスムーズになった

車こそ多いままだが、ドン詰まりで動かなかったさっきよりは全然マシである

何より、バイクの油圧が復活した事が心強い

「扇風機があってよかった……」

夕暮れの空の下、四国最後の目的地になる今治までのラストスパートが始まった

ツーリング用の地図に示されていた通り、今治手前の夕焼けの海岸線は絶景だった

この時間から遠回りになる海岸線コースを走る人が少ないからなのか、渋滞どころか車の台数自体がイッキに減って、自分独りしかいない道路を走る

上陸する際に明石大橋を渡った時に観た夕焼けは、橋の上だったので夕焼けに包まれた空の上を走っているような眺めだった

今度は自分と同じ目線の高さ、水平線とその先へ沈む夕日、そこから照らし出される島々の黒いシルエットが絶妙の眺めで、『海』『川』『山』『夕暮れ』と、四国のさまざまな自然を味わえたことに感無量だった

赤というよりはオレンジ一色で、空一面オレンジ色の夕焼けが広がる海岸線を走りながら、このタイミングでこの場所に来れた嬉しさでいっぱいだった

今治に到着した頃には完全に陽は落ちてすっかり夜になってしまったが、予約していたホテルに無事辿り着いた

昔ながらの赤いじゅうたんが敷かれた、小さいTVがあるチープなビジネスホテルは、お世辞にも広いとは言えない部屋ではあったが、昭和感満載でもあって、逆に落ち着いた

東京に戻ってから『タオルが有名な街』と知って驚いたぐらい、見た感じにはとても小さい街だった今治は、駅前に泊まったもののお店も少なく、食事できるお店を探し歩いた

ポツンと1件あった居酒屋に入り、とても雰囲気が良さそうな大衆居酒屋ではあるものの、メニューのほとんどが『時価』の表示で金額が解らない

他のお客さんも普通に居るし、「オレがおかしいのか?」と思ってしまうぐらいなのだが、値段を聞かないと注文できないわけで、いちいち「これはいくらですか?」と聞き、値段が解ってから注文するかを考えなければならない

当然ながら初めて入ったお店であれば、量に見合った金額なのかも解らないわけで、独りで舟盛りなんか出されても「そんなにたくさんいらないよ」もあり得る

金額を聞いて「高っ」と驚き、「じゃあ、他のにします」というのも気まずいし、そこでまた「じゃあ、こっちはいくらなんですか?」になってしまう

近所に住んでいるなら「今日は使い過ぎちゃったな」で済むかも知れないが、独りで通過点としてたまたま入ったお店でとなると、とにかく不便だった

決してギリギリの予算で来ているわけではないのだが、この一晩で独りでという条件はまだまだ慎重にならざるを得ない

結局店員への質問攻めばかりで独りカウンターで肩身の狭い思いを味わい、四国最後の夜を過ごすのであった

 

中編おわり。 全ての伏線がつながる笑撃の後編へと続きます*****